理念・沿革
理念
患者様に対し温かい対応と、注意を払って治療・看護・介護を行う
基本方針
- 患者様の基本的人権・個別性を尊重し良質で安全な医療を提供する
- 職員が専門知識を発揮・向上できる病院を目指す
- 地域医療に努め、社会復帰・社会支援を目指す
沿革
青木病院は、初代院長である青木義作が、1945(昭和20)年に青山の地に青木神経科を開業したところから始まりました。
青木義作は、歌人斎藤茂吉の従弟にあたり、北杜夫の著書「楡家の人々」のモデルとなった青山脳病院の副院長として、斎藤茂吉院長を補佐し、大正末期から終戦までの困難な四半世紀を患者さんと共に過ごしました。この経験と実績を踏まえ、青山脳病院の廃院に際し独立した経緯があります。
青木神経科はその後、有床診療所となりますが、運動場を有する病院設立を求めて、1962(昭和37)年11月に、現在の調布市に青木病院を開設いたしました。
青木神経科は、現在は青木医院として、当時と同じ場所で診療を続けています。
青木義作は、歌人斎藤茂吉の従弟にあたり、北杜夫の著書「楡家の人々」のモデルとなった青山脳病院の副院長として、斎藤茂吉院長を補佐し、大正末期から終戦までの困難な四半世紀を患者さんと共に過ごしました。この経験と実績を踏まえ、青山脳病院の廃院に際し独立した経緯があります。
青木神経科はその後、有床診療所となりますが、運動場を有する病院設立を求めて、1962(昭和37)年11月に、現在の調布市に青木病院を開設いたしました。
青木神経科は、現在は青木医院として、当時と同じ場所で診療を続けています。
1945(昭和20)年11月 | 東京都港区の青山に「青木神経科」開設 |
1954(昭和29)年 | 19床の有床診療所となる |
1962(昭和37)年11月 | 東京都調布市に「青木病院」開設(70床) |
1963(昭和38)年12月 | 医療法人社団認可 理事長 青木義作 就任 |
1965(昭和40)年11月 | 病棟増築 総病床数216床 |
1970(昭和45)年4月 | 心理室設置 |
1973(昭和48)年6月 | 病棟増築 283床 |
1982(昭和57)年1月 | 病棟増築 338床 |
1988(昭和63)年9月 | 理事長 青木典太 就任 |
1994(平成6)年 8月 | 精神科デイケア 開始 |
1995(平成7)年 4月 | 介護老人保健施設 グリーンガーデン青樹 開設(90床) |
1995(平成7)年 12月 | 335床に登録変更 |
1998(平成10)年3月 | 精神科作業療法開始 |
2000(平成12)年4月 | 居宅介護支援事業所 せいじゅ 設置 |
2001(平成13)年9月 | 在宅介護支援センターせいじゅ 設置 |
2003(平成15)年2月 | 新病棟建設 着工 |
2004(平成16)年5月 | 新病棟建設 第一期完了 |
2005(平成17)年7月 | 新病棟への引越完了 精神科270床(うち認知症治療病棟50床) |
2005(平成17)年11月 | 合併症治療病棟(50床)運用開始 |
2005(平成17)年12月 | 院内売店営業開始 |
2006(平成18)年3月 | 新病棟建設 完了 |
2009(平成21)年12月 | 理事長 青木浩子 就任 |
2017(平成29)年4月 | 院長 飛鳥井望 就任 |